これまでのことを、すこしメモしておこうと思う。
決して楽しい話ではないので、苦しくなったら、どうか読むのをやめてください。
だれかに、肩代わりさせたくはありません。
自分が冷静になるために書いたのだから。
6/25 夕方
父からの電話、お腹に痛みを感じる。動くこともままならない。医者へ連れて行って欲しいと言う。その日は鹿丸の歯医者の初診日で、嫌な予感を感じつつも、翌日、仕事が終わったら訪ねる約束をした。しかし翌日も鹿丸には行かなければいけない場所があった。ダメ元で夫に頼むと連れて行ってくれると言う。本当に助かった。
6/26 朝
父から、痛みがひどい、食べられない、痛み止めが欲しい、カステラを買ってきてほしい、と電話がある。職場の方に病院について相談する。家から程近い大学病院よりも、県立病院のほうが施設が整っていると聞いて、県立病院に電話。診察受付は午前11時まで。時間外でも担当医がいれば受診可能ということ。5時がタイムリミット。父の状況次第では夜に診察時間を設けている、胃腸器の病院を受診しようかとも思う。
6/26 午後
仕事を終えて、実家へ。顔色が悪く、無精ひげ、目が落ち窪んでいた。見るからにひどい状況。総合病院で検査をしたいと言う。父は保険症を失効していたので、手続きのため役場へ走る。カステラとプリン、杏仁豆腐を置いていく。
6/26 夕方
手続きを終えて実家に着いたのが4:30。県立病院へ車を走らせる。来る前に電話して、受診できるか聞いてくださいと言われたが、断られるのが怖いので、そのまま連れて行くことにした。痛み止めが効いているらしく、ここ数日で一番楽だと言う。プリンは一つだけ食べたようだが、カステラには手をつけていなかった。固形物は受け付けないらしい。水分は意識して補給しているようだ。
午後5時前、受付に到着。看護婦さんとの午後の会話を話し、取り次いでもらう。救急外来の受診。一時間ほどの待ち時間の間、ときおり父は自分の死後の後始末についてぼそぼそと話す。私が違う話題ですこし笑わせたりしながら、診察室の扉が開くのを待った。当番の先生は循環器の先生だった。血液検査と診察の結果、「貧血がひどい。消化器から来ることもある。消化器に問題があるようだから、あす受診したほうがいい、じっくり腰をすえて治療が必要になる」との言葉。とりあえず点滴を受け、胃腸の動きを抑える薬を処方してもらい、午後8:30病院を後にする。午後に飲んだ痛み止めが切れはじめた様子。翌日7:00に迎えに行く約束をして、いったん別れた。
6/27
職場の方々の存在にとても支えられている。特に実家近くにお住まいのあるTさんには、勇気づけられた。病院につれて行きたいので、とお願いするとYさんは快くシフトを代わって下さった。いつも私の話を親身になって聞いていただいている。本当にありがたいことだ。
朝、用事をすまして家を出ようとすると、鹿丸が泣き出した。きっと私を遠くに感じたのだと思う。余裕がなくなっていて、鹿丸に真正面から向き合っていないなぁと思う。しばし抱きしめ、声をかける。「行ってくるね。」と家を出ると、しばらくして、鹿丸の泣き声。振り向くと裸足で追いかけてくる。何かを察知しているのだと思った。夫に任せて車に乗り込む。
7:30に病院に到着。病院は8:30から受付開始だが、早い人は7:30から並んでいると前日受診の際、守衛さんから情報収集していた。父は痛みのため、ゆっくりと眠ることが出来なかった様子。足取りも重い。顔色もいっそう悪くなっている。痛みについては4・5日前からで、最初は周期があって、痛みがない時間もあったらしい。徐々に痛みのない時間が少なくなって、眠るときも気絶しているのかもしれないと言う。受付機の前で1時間座っているのは辛いが、家にいても不安だろう。連れてきてよかったと思う。いよいよ受付機が作動し、受付番号表を手に、消化器科へ。ここでも1時間半待つことになる。浅い息の父。尿検査の後、レントゲンへ行くようにと指示がある。レントゲン撮影後、しばらく待って、診察室へと呼ばれる。「CTを撮ってみましょう」医師が看護婦さんに向かって「こちらを優先して。緊急で。さっきの人は夕方でもいいから。」などと言い、手配が進む。先ほどまで廊下で、「検査予約は来月の○日ですから」というやり取りを何度も聞いて、その病院の混雑振りを把握していた私は少し怖くなった。CTの前に造影剤を入れるので、点滴をしながら待つことになった。内科の処置室のベッドは点滴を受ける患者さんで埋まっていた。看護婦さんは忙しそうに人の間を縫って動く。父と私は所在無く立ち尽くしていたが、そのうち小さな椅子に座るよう声をかけられた父。しばらくそのまま放って置かれる。父がとても小さく見える。私はベッドの一つが空いたのを確認して、朝早くから来て疲れが出ていると思うので寝かせてやって欲しいと頼んだ。そして点滴が始まった。その点滴は2日経った今も続いている。その後、父は車椅子に乗り、CTやレントゲン(再)といった検査をこなしていった。車椅子に乗った父の姿は、私をおおいに不安にさせた。
父がトイレに立ったときに、看護婦さんに「医師からお話があります」と声をかけられ、診察室に案内された。
そこにはCTの写真があり「胃の壁が分厚くなっている部分と、薄くなりすぎている部分がある。胃潰瘍かもしくは癌の可能性が見受けられます。」と医師から説明を受けた。素人の私が見て分かるほど、父の胃は異常な形態だった。「明日(これも異例の早さだと思う)胃カメラの検査をしましょう」と言われたので父の夜の苦しさを思い、入院させて欲しいと申し出たところ、すぐに入院の手筈が整った。診察室を出て、処置室でベッドに横たわる父を確認し、父から見えないところで泣いた。癌から死をイメージするのはたやすい。
涙をかき消して、処置室へ向かった。父に「今日は入院させてもらおう」と話すと、安心した様子だった。きっと1日だけの入院のつもりだったのだと思う。痛みや不安から解放されて眠れるという思いが、父を楽にさせたようだ。看護婦さんから入院に際しての説明を聞きながら、「長いこと入院するような口ぶりやな」と苦笑いしていた。痛みさえなければ父の顔には余裕があった。
鹿丸のお迎えを義母に頼んだが、あっさりと断られたのでいったん帰ることにした。その後、マグカップ、水筒など、当座の必要なグッズだけ持って鹿丸と顔を出す。鹿丸の姿を見て目を細める父。イタズラばかりでじっとしていない鹿丸だったが、空気を明るくする力を持っている。ありがたい。
6/28
午前10:30に病室にいくと、父がいない。胃カメラの検査に出かけたと言う。部屋に戻ってきた父はとても苦しそうだった。胃カメラが相当辛かったようだ。医師はいくつかの組織をとって調べるとおっしゃっていた。胃カメラの苦しさに加え、排尿が困難になってしまった。頻繁に尿意を催すが、トイレに行ってもすっきりとは出ないらしい。点滴は24時間で500mlを4本。加えて、同じく500mlのペットボトルの水を二本飲んだらしい。朝方お腹が張ってきて、抜いてもらうと1000ml強の尿が残っていたらしい。この日は40分に一回、トイレに付き合った。点滴を押しながらのトイレへの往復は辛そうだった。
夕方、医師から胃カメラの画像の説明。「大きな潰瘍が認められる、組織検査の結果を待って、治療の方針を決定しましょう」そのような説明を受ける。そして「書類にサインしてもらいたいので、ご家族の方はナースステーションにいらしてください」と言われる。
カンファレンスルームで「進行型の胃癌である」と告げられる。「癌細胞が特定されなければはっきりとしたことは言えないが、手術が必要になる。手術で天寿をまっとうされた方もいる。告知なしで手術するのは難しいので、告知についてご家族でよく話し合ってください」と言い渡された。どうしよう。家族はわたしだけだ・・・。胃癌について聞きかじりのことをいくつか質問する。抗がん剤は苦しいのか?などだ。医師は丁寧にわたしと向き合ってくださった。「来週には組織検査の結果も出るので、それまでに(告知するか)決めてください」とのことだった。一体どうすればいいんだろうか。私ひとりで決めれる問題ではない。かといって今まで何でも相談してきた父が当事者なのだ・・・。
父は痛みが和らいできたので、病院に駆けつけてきたときのような悲壮感がなくなっていた。「もしもの時は・・・」という話しも決して現実味のあるものではないような気がする。
ここ最近、私自身が「スピリチュアル」に興味をもち、その考え方に触れて感動していた矢先に、こうした出来事に遭遇したのは「学び・気づき」のチャンスだと思っている。そう思うことで、穏やかで淹れることに感謝もしている。史跡や神社仏閣が大好きな父もここ数年、特に仏教への関心が高まり、自分でノートにまとめたりしているらしい。父も私も、向き合う準備が整ったのだろうと解釈し、自分を慰めてみたりもするが、やはり父がいなくなることは想像できず、また闘病で苦しむ父を自分が支えていけるのだろうかと、どうしようもなく不安にも感じてしまう。
実家に帰って、一心不乱に掃除をした。実家はゴミ屋敷化していて、こんなところにいたのかと父を放置した自分をとがめるいっぽうで、このように親孝行?出来る機会が与えられたことにとても感謝した。部屋が少しづつ綺麗になっていくと、父が帰ってきて驚く顔が浮かんできて、またまたわたしを奮い立たせた。そうだ。父が死ぬことを勝手に想像して悲しむなんて、失礼な話なのだ。
「死」のイメージは中毒になってしまうようだ。「死」というテーマについて考え出すと、終わりがない。答えもない。だからとりつかれてしまうのかもしれない。
保育園に鹿丸を迎えに行くと、お泊り保育の話し合いが続いていた。鹿丸のことで、自ら立候補したのに、会議にも出れていない。「お父さん、どう?」と声をかけられ、思わず涙。「ごめん」とその場を立ち去るが、鹿丸が泣いている私を見つけ、「ママが泣いてる」と訴えにいった。他のママさんも優しい。「迎えにいくから」と名乗り出てくれる人もいた。身内よりもあたたかい。「一人じゃないよ。」とメールが来た。私は幸せだと思う。
鹿丸は「おじいちゃん死んだ?」などと言う。よく分かっているようだ。「いや、死んでないけど、しんどそうやねん。ママ、お父さん大好きやから、悲しいねん」と言うと分かってくれたようだ。やたら言うことを聞く・・・!ありがとう。癒されます。
6/29
職場で朝から泣いてしまった。いっしょに働いている人はただただ受け止めてくれた。話すことで気持ちが軽くなるが、反対に重たいものを押しつけているような気がして、恐縮する。「言葉に出すことで、(悲しいことも)自分から少しはなれるから、どんどん口に出したほうがいいよ。」と言ってくださったTさん。帰り道ご自身のお父上も癌で現在も治療中であることから「頑張ろうね。いっしょに頑張ろうね」と言ってくれたYさん。感謝の気持ちでいっぱいだ。
頼まれていた本と、着替えを持って病院へいくと、尿管から管で排尿することになった父がいた。「前立腺肥大らしい。今は胃の方を重点的にして、月曜日に治療方針決めるんやて。」と父の説明。ますます動きづらくなってしまったようだ。動かなくなるにつれて、体力減退が心配だなぁと思う。
輸血とお薬の書類にサインして、ナースステーションに持ってくるようにと伝言。先生からお話があるのか?と思い、ナースステーションで尋ねてみたが、気の利かない対応。メンバーによってがらりと雰囲気の変わるところだ。
父がヒゲを剃りたいというのでお手伝い。熱いタオルをしぼってあげる。気持ち良さそうにしていた。ヒゲを剃って、頭を拭くと、こざっぱりした印象。顔が明るくなった。
「胃潰瘍やったら薬でなおらへんのかな?」輸血の同意書を見て「やっぱり手術するんか?なんか聞いてへんのか?」と言われ胸が痛い。私の父だけあって、かなり楽天家な父。「手術しなあかんかもしれんなぁ。調べてもらってる結果によるんちゃう?」などと楽観に歯止めをかけてみたり・・・。どうすればいいのか分からない。父の朗らかな笑顔を見ていると、何も知らせないほうがいいのではないかとも思う。父は気が小さい人だと思う。受け止められるのだろうか・・・。
夕方になり、病院を後にする。駐車場で電話が鳴る。嫌な予感。
「ナースステーションですが、先生(医師)から検査の結果についてご説明があります。来ていただけますか?」
「すぐ行きます」と答えて、重たいけれどもふわふわとおぼつかない足取りでナースステーションへ向かった。
カンファレンスルームで医師は「残念ながら悪性の癌でした」と言った。「胃はおそらく全摘出になります」と。言葉にならなかった。「CTで見た限りではリンパ節の腫れは見受けられないが、開腹してリンパ節に転移を認めた場合、より強い抗がん剤での治療になると思われます。」次々と説明は続く。わたしに分かったのは父は助かる見込みのない患者ではないということ、手術や薬で癌と闘わなければならないということ、そのことを父に告げなければならないということだった。家族である自分がこんなにも「死のイメージ」にとりつかれてしまうのに、本人にかかる重圧はどんなものだろうか。痛みがなくなり、明るく、前向きになっている今、伝えることに消極的になっている自分がいた。
明日の朝、父は告知を受けます。
決して楽しい話ではないので、苦しくなったら、どうか読むのをやめてください。
だれかに、肩代わりさせたくはありません。
自分が冷静になるために書いたのだから。
6/25 夕方
父からの電話、お腹に痛みを感じる。動くこともままならない。医者へ連れて行って欲しいと言う。その日は鹿丸の歯医者の初診日で、嫌な予感を感じつつも、翌日、仕事が終わったら訪ねる約束をした。しかし翌日も鹿丸には行かなければいけない場所があった。ダメ元で夫に頼むと連れて行ってくれると言う。本当に助かった。
6/26 朝
父から、痛みがひどい、食べられない、痛み止めが欲しい、カステラを買ってきてほしい、と電話がある。職場の方に病院について相談する。家から程近い大学病院よりも、県立病院のほうが施設が整っていると聞いて、県立病院に電話。診察受付は午前11時まで。時間外でも担当医がいれば受診可能ということ。5時がタイムリミット。父の状況次第では夜に診察時間を設けている、胃腸器の病院を受診しようかとも思う。
6/26 午後
仕事を終えて、実家へ。顔色が悪く、無精ひげ、目が落ち窪んでいた。見るからにひどい状況。総合病院で検査をしたいと言う。父は保険症を失効していたので、手続きのため役場へ走る。カステラとプリン、杏仁豆腐を置いていく。
6/26 夕方
手続きを終えて実家に着いたのが4:30。県立病院へ車を走らせる。来る前に電話して、受診できるか聞いてくださいと言われたが、断られるのが怖いので、そのまま連れて行くことにした。痛み止めが効いているらしく、ここ数日で一番楽だと言う。プリンは一つだけ食べたようだが、カステラには手をつけていなかった。固形物は受け付けないらしい。水分は意識して補給しているようだ。
午後5時前、受付に到着。看護婦さんとの午後の会話を話し、取り次いでもらう。救急外来の受診。一時間ほどの待ち時間の間、ときおり父は自分の死後の後始末についてぼそぼそと話す。私が違う話題ですこし笑わせたりしながら、診察室の扉が開くのを待った。当番の先生は循環器の先生だった。血液検査と診察の結果、「貧血がひどい。消化器から来ることもある。消化器に問題があるようだから、あす受診したほうがいい、じっくり腰をすえて治療が必要になる」との言葉。とりあえず点滴を受け、胃腸の動きを抑える薬を処方してもらい、午後8:30病院を後にする。午後に飲んだ痛み止めが切れはじめた様子。翌日7:00に迎えに行く約束をして、いったん別れた。
6/27
職場の方々の存在にとても支えられている。特に実家近くにお住まいのあるTさんには、勇気づけられた。病院につれて行きたいので、とお願いするとYさんは快くシフトを代わって下さった。いつも私の話を親身になって聞いていただいている。本当にありがたいことだ。
朝、用事をすまして家を出ようとすると、鹿丸が泣き出した。きっと私を遠くに感じたのだと思う。余裕がなくなっていて、鹿丸に真正面から向き合っていないなぁと思う。しばし抱きしめ、声をかける。「行ってくるね。」と家を出ると、しばらくして、鹿丸の泣き声。振り向くと裸足で追いかけてくる。何かを察知しているのだと思った。夫に任せて車に乗り込む。
7:30に病院に到着。病院は8:30から受付開始だが、早い人は7:30から並んでいると前日受診の際、守衛さんから情報収集していた。父は痛みのため、ゆっくりと眠ることが出来なかった様子。足取りも重い。顔色もいっそう悪くなっている。痛みについては4・5日前からで、最初は周期があって、痛みがない時間もあったらしい。徐々に痛みのない時間が少なくなって、眠るときも気絶しているのかもしれないと言う。受付機の前で1時間座っているのは辛いが、家にいても不安だろう。連れてきてよかったと思う。いよいよ受付機が作動し、受付番号表を手に、消化器科へ。ここでも1時間半待つことになる。浅い息の父。尿検査の後、レントゲンへ行くようにと指示がある。レントゲン撮影後、しばらく待って、診察室へと呼ばれる。「CTを撮ってみましょう」医師が看護婦さんに向かって「こちらを優先して。緊急で。さっきの人は夕方でもいいから。」などと言い、手配が進む。先ほどまで廊下で、「検査予約は来月の○日ですから」というやり取りを何度も聞いて、その病院の混雑振りを把握していた私は少し怖くなった。CTの前に造影剤を入れるので、点滴をしながら待つことになった。内科の処置室のベッドは点滴を受ける患者さんで埋まっていた。看護婦さんは忙しそうに人の間を縫って動く。父と私は所在無く立ち尽くしていたが、そのうち小さな椅子に座るよう声をかけられた父。しばらくそのまま放って置かれる。父がとても小さく見える。私はベッドの一つが空いたのを確認して、朝早くから来て疲れが出ていると思うので寝かせてやって欲しいと頼んだ。そして点滴が始まった。その点滴は2日経った今も続いている。その後、父は車椅子に乗り、CTやレントゲン(再)といった検査をこなしていった。車椅子に乗った父の姿は、私をおおいに不安にさせた。
父がトイレに立ったときに、看護婦さんに「医師からお話があります」と声をかけられ、診察室に案内された。
そこにはCTの写真があり「胃の壁が分厚くなっている部分と、薄くなりすぎている部分がある。胃潰瘍かもしくは癌の可能性が見受けられます。」と医師から説明を受けた。素人の私が見て分かるほど、父の胃は異常な形態だった。「明日(これも異例の早さだと思う)胃カメラの検査をしましょう」と言われたので父の夜の苦しさを思い、入院させて欲しいと申し出たところ、すぐに入院の手筈が整った。診察室を出て、処置室でベッドに横たわる父を確認し、父から見えないところで泣いた。癌から死をイメージするのはたやすい。
涙をかき消して、処置室へ向かった。父に「今日は入院させてもらおう」と話すと、安心した様子だった。きっと1日だけの入院のつもりだったのだと思う。痛みや不安から解放されて眠れるという思いが、父を楽にさせたようだ。看護婦さんから入院に際しての説明を聞きながら、「長いこと入院するような口ぶりやな」と苦笑いしていた。痛みさえなければ父の顔には余裕があった。
鹿丸のお迎えを義母に頼んだが、あっさりと断られたのでいったん帰ることにした。その後、マグカップ、水筒など、当座の必要なグッズだけ持って鹿丸と顔を出す。鹿丸の姿を見て目を細める父。イタズラばかりでじっとしていない鹿丸だったが、空気を明るくする力を持っている。ありがたい。
6/28
午前10:30に病室にいくと、父がいない。胃カメラの検査に出かけたと言う。部屋に戻ってきた父はとても苦しそうだった。胃カメラが相当辛かったようだ。医師はいくつかの組織をとって調べるとおっしゃっていた。胃カメラの苦しさに加え、排尿が困難になってしまった。頻繁に尿意を催すが、トイレに行ってもすっきりとは出ないらしい。点滴は24時間で500mlを4本。加えて、同じく500mlのペットボトルの水を二本飲んだらしい。朝方お腹が張ってきて、抜いてもらうと1000ml強の尿が残っていたらしい。この日は40分に一回、トイレに付き合った。点滴を押しながらのトイレへの往復は辛そうだった。
夕方、医師から胃カメラの画像の説明。「大きな潰瘍が認められる、組織検査の結果を待って、治療の方針を決定しましょう」そのような説明を受ける。そして「書類にサインしてもらいたいので、ご家族の方はナースステーションにいらしてください」と言われる。
カンファレンスルームで「進行型の胃癌である」と告げられる。「癌細胞が特定されなければはっきりとしたことは言えないが、手術が必要になる。手術で天寿をまっとうされた方もいる。告知なしで手術するのは難しいので、告知についてご家族でよく話し合ってください」と言い渡された。どうしよう。家族はわたしだけだ・・・。胃癌について聞きかじりのことをいくつか質問する。抗がん剤は苦しいのか?などだ。医師は丁寧にわたしと向き合ってくださった。「来週には組織検査の結果も出るので、それまでに(告知するか)決めてください」とのことだった。一体どうすればいいんだろうか。私ひとりで決めれる問題ではない。かといって今まで何でも相談してきた父が当事者なのだ・・・。
父は痛みが和らいできたので、病院に駆けつけてきたときのような悲壮感がなくなっていた。「もしもの時は・・・」という話しも決して現実味のあるものではないような気がする。
ここ最近、私自身が「スピリチュアル」に興味をもち、その考え方に触れて感動していた矢先に、こうした出来事に遭遇したのは「学び・気づき」のチャンスだと思っている。そう思うことで、穏やかで淹れることに感謝もしている。史跡や神社仏閣が大好きな父もここ数年、特に仏教への関心が高まり、自分でノートにまとめたりしているらしい。父も私も、向き合う準備が整ったのだろうと解釈し、自分を慰めてみたりもするが、やはり父がいなくなることは想像できず、また闘病で苦しむ父を自分が支えていけるのだろうかと、どうしようもなく不安にも感じてしまう。
実家に帰って、一心不乱に掃除をした。実家はゴミ屋敷化していて、こんなところにいたのかと父を放置した自分をとがめるいっぽうで、このように親孝行?出来る機会が与えられたことにとても感謝した。部屋が少しづつ綺麗になっていくと、父が帰ってきて驚く顔が浮かんできて、またまたわたしを奮い立たせた。そうだ。父が死ぬことを勝手に想像して悲しむなんて、失礼な話なのだ。
「死」のイメージは中毒になってしまうようだ。「死」というテーマについて考え出すと、終わりがない。答えもない。だからとりつかれてしまうのかもしれない。
保育園に鹿丸を迎えに行くと、お泊り保育の話し合いが続いていた。鹿丸のことで、自ら立候補したのに、会議にも出れていない。「お父さん、どう?」と声をかけられ、思わず涙。「ごめん」とその場を立ち去るが、鹿丸が泣いている私を見つけ、「ママが泣いてる」と訴えにいった。他のママさんも優しい。「迎えにいくから」と名乗り出てくれる人もいた。身内よりもあたたかい。「一人じゃないよ。」とメールが来た。私は幸せだと思う。
鹿丸は「おじいちゃん死んだ?」などと言う。よく分かっているようだ。「いや、死んでないけど、しんどそうやねん。ママ、お父さん大好きやから、悲しいねん」と言うと分かってくれたようだ。やたら言うことを聞く・・・!ありがとう。癒されます。
6/29
職場で朝から泣いてしまった。いっしょに働いている人はただただ受け止めてくれた。話すことで気持ちが軽くなるが、反対に重たいものを押しつけているような気がして、恐縮する。「言葉に出すことで、(悲しいことも)自分から少しはなれるから、どんどん口に出したほうがいいよ。」と言ってくださったTさん。帰り道ご自身のお父上も癌で現在も治療中であることから「頑張ろうね。いっしょに頑張ろうね」と言ってくれたYさん。感謝の気持ちでいっぱいだ。
頼まれていた本と、着替えを持って病院へいくと、尿管から管で排尿することになった父がいた。「前立腺肥大らしい。今は胃の方を重点的にして、月曜日に治療方針決めるんやて。」と父の説明。ますます動きづらくなってしまったようだ。動かなくなるにつれて、体力減退が心配だなぁと思う。
輸血とお薬の書類にサインして、ナースステーションに持ってくるようにと伝言。先生からお話があるのか?と思い、ナースステーションで尋ねてみたが、気の利かない対応。メンバーによってがらりと雰囲気の変わるところだ。
父がヒゲを剃りたいというのでお手伝い。熱いタオルをしぼってあげる。気持ち良さそうにしていた。ヒゲを剃って、頭を拭くと、こざっぱりした印象。顔が明るくなった。
「胃潰瘍やったら薬でなおらへんのかな?」輸血の同意書を見て「やっぱり手術するんか?なんか聞いてへんのか?」と言われ胸が痛い。私の父だけあって、かなり楽天家な父。「手術しなあかんかもしれんなぁ。調べてもらってる結果によるんちゃう?」などと楽観に歯止めをかけてみたり・・・。どうすればいいのか分からない。父の朗らかな笑顔を見ていると、何も知らせないほうがいいのではないかとも思う。父は気が小さい人だと思う。受け止められるのだろうか・・・。
夕方になり、病院を後にする。駐車場で電話が鳴る。嫌な予感。
「ナースステーションですが、先生(医師)から検査の結果についてご説明があります。来ていただけますか?」
「すぐ行きます」と答えて、重たいけれどもふわふわとおぼつかない足取りでナースステーションへ向かった。
カンファレンスルームで医師は「残念ながら悪性の癌でした」と言った。「胃はおそらく全摘出になります」と。言葉にならなかった。「CTで見た限りではリンパ節の腫れは見受けられないが、開腹してリンパ節に転移を認めた場合、より強い抗がん剤での治療になると思われます。」次々と説明は続く。わたしに分かったのは父は助かる見込みのない患者ではないということ、手術や薬で癌と闘わなければならないということ、そのことを父に告げなければならないということだった。家族である自分がこんなにも「死のイメージ」にとりつかれてしまうのに、本人にかかる重圧はどんなものだろうか。痛みがなくなり、明るく、前向きになっている今、伝えることに消極的になっている自分がいた。
明日の朝、父は告知を受けます。
相手のことを励ましすぎない。
自分のことも励ましすぎない。
ありのまま、ありのままで。
良いことも良くないことも、
認めることがまず一番。
誰かにがんばれと言われて、
頑張れない自分が嫌になって、
頑張れと言ってくれたあなたに申し訳なくて、
またまた自分を責めてしまう。
きっとね、待ってたらいいんじゃないかな。
内側から力が湧いてくるのを。
ただ待つだけでいい時もある。
自分のこと・相手のこと、
ただ待ってみるのもいいんじゃないかな。
頑張らなくてもいい。楽しまなくてもいい。
苦しみに立ち向かわなくてもいい。あせらなくてもいい。
涙をこらえなくてもいい。泣けなくたっていい。
無理に分かろうとしなくってもいいんだ。
勇気なんてなくって当たり前。
そんなに強くならなくてもいいんだ。
分かるようになる時もあるし、
分からないままでもぜんぜんいいんだ。
自分自身に、自分を任せよう。
励まさない。背中を押さない。
自分の背中すら、押さなくていいんだ。
時間はただ流れていくけど、
行く先は、あなたの視線の先にある未来。
自分のための自分でいいよ。
友達のHPに貼り付けた言葉。
自分用にも、持っておこうっと。
自分のことも励ましすぎない。
ありのまま、ありのままで。
良いことも良くないことも、
認めることがまず一番。
誰かにがんばれと言われて、
頑張れない自分が嫌になって、
頑張れと言ってくれたあなたに申し訳なくて、
またまた自分を責めてしまう。
きっとね、待ってたらいいんじゃないかな。
内側から力が湧いてくるのを。
ただ待つだけでいい時もある。
自分のこと・相手のこと、
ただ待ってみるのもいいんじゃないかな。
頑張らなくてもいい。楽しまなくてもいい。
苦しみに立ち向かわなくてもいい。あせらなくてもいい。
涙をこらえなくてもいい。泣けなくたっていい。
無理に分かろうとしなくってもいいんだ。
勇気なんてなくって当たり前。
そんなに強くならなくてもいいんだ。
分かるようになる時もあるし、
分からないままでもぜんぜんいいんだ。
自分自身に、自分を任せよう。
励まさない。背中を押さない。
自分の背中すら、押さなくていいんだ。
時間はただ流れていくけど、
行く先は、あなたの視線の先にある未来。
自分のための自分でいいよ。
友達のHPに貼り付けた言葉。
自分用にも、持っておこうっと。
父がどうやら胃ガンらしいのです。
元気で当たり前だと思っていた父が、
おしゃべりが大好きで、美味しいものが大好きで、
おっさんというよりも、むしろおばさんに近い父が、
今、病院のベッドで、痛みと闘っています。
わたしには、
父のいない世界というものが、
この世にあるとは思えなくて、
今とても、困っています。
元気で当たり前だと思っていた父が、
おしゃべりが大好きで、美味しいものが大好きで、
おっさんというよりも、むしろおばさんに近い父が、
今、病院のベッドで、痛みと闘っています。
わたしには、
父のいない世界というものが、
この世にあるとは思えなくて、
今とても、困っています。
続きまして、佐賀のがばいばあちゃんです。
読んだことのある人も多いと思いますが、恥ずかしながら今さら読みました。泣ける・・・!
ある方に
「わたしは感じないと分からないほどの優しさや、さりげない思いやりが好きです」
と言いました。
(自分もそうありたいと願っているからです。なかなか現実は厳しいのですが!)
するとその方が
「がばいばあちゃん、読んだ?優しさとは、相手に気づかれないようにすることだよって。相手にわかったり、周りにわかった時点でそれはもう「優しさ」じゃないんだよって、言ってた。」
と教えてくれました。
この物語には、そんな優しさが溢れていました。
7歳で母の元を離れ、がばいばあちゃんとともに過ごすこととなった昭広少年。わびしさナンバーワンのボロ家での暮らしは超貧乏がゆえにアイデア満載です。「ケチは最低!節約は天才!」というがばいばあちゃんの知恵は合理的で、無駄がありません。現代で商売なんかしたらとんでもなく成功しそうな気配を感じます。そして特筆すべきはそのユーモアセンスです。どんな時でもおばあちゃんにはユーモアがある。昭広少年にもユーモアがある。二人の会話の面白さが、昭広少年の置かれた厳しい環境を、微笑ましいものに変えています。
貧乏には暗い貧乏と明るい貧乏がある。
がばいばあちゃんは明るいビンボーでした。しかも想像を絶する先祖代々のビンボーです。(←ばあちゃんいわく)
〜本文より〜
「ばあちゃん、この二三日、ご飯ばっかりでおかずがないね」
俺がそう言うと、ばあちゃんはアハハハハハハハ・・・と笑いながら
「明日はご飯もないよ」と答えた。
俺とばあちゃんは顔を見合わせるとまた大笑いした。
(成績表の結果があまりよくなくて)
「1と2ばっかりでごめんね」とばあちゃんに言うと、
「大丈夫、大丈夫、足したら5になる」と笑った。
「通知表って足してもいいの?」と聞くと、今度は真顔で
「人生は総合力」と言い切った。
でも、俺にはあまり意味が分からなかった。
ものすごくセンスのある切り返しだと思います。ばあちゃんの昭広少年への態度はそっけないように見えて、実は真正面からがっぷり向き合っていないと返せないナイスな表現です。深い愛情を感じることば。愛情をを肌で感じているからこそ、昭広少年も笑顔でいられたのでしょう。わたしもこんなにシュールなおばあちゃんになりたい・・・!そして鹿丸氏の笑い話のエピソードに欠かせない存在になりたいです!
そんな二人の周りには、「さりげない優しさ」が集まってきます。人の助けを、卑屈になることなく、真正面から感謝の気持ちで受け止められるのは、ばあちゃんが胸を張って生きているからだと思いました。そしてそんなばあちゃんに育てられた真っ直ぐな昭広少年だからこそ、回りも喜んで手を差し伸べたのだと思います。負担に感じさせないさりげなさで。
私自身も相手のとった行動を「(自分に対する)優しさだな〜」と感じられる自分でいたいです。自惚れはよくないかもしれないけど、勘違いなら勘違いしていたいです!いい風に勘違いできる自分って、な〜んか好きだなっ。捉え方次第で、幸せは間近に感じることができるはずだから・・・!
以下、ばあちゃん語録です。
時計が左に回ったら、壊れたと思って捨てられる。
人間も昔を振り返らず、前へ前へと進め。
人間は死ぬまで夢を持て!その夢が叶わなくてもしょせん夢だから。
悲しい話は夜するな。
つらい話も昼にすればなんてことはない。
読んだことのある人も多いと思いますが、恥ずかしながら今さら読みました。泣ける・・・!
![]() | 佐賀のがばいばあちゃん 島田 洋七 (2004/01) 徳間書店 この商品の詳細を見る |
ある方に
「わたしは感じないと分からないほどの優しさや、さりげない思いやりが好きです」
と言いました。
(自分もそうありたいと願っているからです。なかなか現実は厳しいのですが!)
するとその方が
「がばいばあちゃん、読んだ?優しさとは、相手に気づかれないようにすることだよって。相手にわかったり、周りにわかった時点でそれはもう「優しさ」じゃないんだよって、言ってた。」
と教えてくれました。
この物語には、そんな優しさが溢れていました。
7歳で母の元を離れ、がばいばあちゃんとともに過ごすこととなった昭広少年。わびしさナンバーワンのボロ家での暮らしは超貧乏がゆえにアイデア満載です。「ケチは最低!節約は天才!」というがばいばあちゃんの知恵は合理的で、無駄がありません。現代で商売なんかしたらとんでもなく成功しそうな気配を感じます。そして特筆すべきはそのユーモアセンスです。どんな時でもおばあちゃんにはユーモアがある。昭広少年にもユーモアがある。二人の会話の面白さが、昭広少年の置かれた厳しい環境を、微笑ましいものに変えています。
貧乏には暗い貧乏と明るい貧乏がある。
がばいばあちゃんは明るいビンボーでした。しかも想像を絶する先祖代々のビンボーです。(←ばあちゃんいわく)
〜本文より〜
「ばあちゃん、この二三日、ご飯ばっかりでおかずがないね」
俺がそう言うと、ばあちゃんはアハハハハハハハ・・・と笑いながら
「明日はご飯もないよ」と答えた。
俺とばあちゃんは顔を見合わせるとまた大笑いした。
(成績表の結果があまりよくなくて)
「1と2ばっかりでごめんね」とばあちゃんに言うと、
「大丈夫、大丈夫、足したら5になる」と笑った。
「通知表って足してもいいの?」と聞くと、今度は真顔で
「人生は総合力」と言い切った。
でも、俺にはあまり意味が分からなかった。
ものすごくセンスのある切り返しだと思います。ばあちゃんの昭広少年への態度はそっけないように見えて、実は真正面からがっぷり向き合っていないと返せないナイスな表現です。深い愛情を感じることば。愛情をを肌で感じているからこそ、昭広少年も笑顔でいられたのでしょう。わたしもこんなにシュールなおばあちゃんになりたい・・・!そして鹿丸氏の笑い話のエピソードに欠かせない存在になりたいです!
そんな二人の周りには、「さりげない優しさ」が集まってきます。人の助けを、卑屈になることなく、真正面から感謝の気持ちで受け止められるのは、ばあちゃんが胸を張って生きているからだと思いました。そしてそんなばあちゃんに育てられた真っ直ぐな昭広少年だからこそ、回りも喜んで手を差し伸べたのだと思います。負担に感じさせないさりげなさで。
私自身も相手のとった行動を「(自分に対する)優しさだな〜」と感じられる自分でいたいです。自惚れはよくないかもしれないけど、勘違いなら勘違いしていたいです!いい風に勘違いできる自分って、な〜んか好きだなっ。捉え方次第で、幸せは間近に感じることができるはずだから・・・!
以下、ばあちゃん語録です。
時計が左に回ったら、壊れたと思って捨てられる。
人間も昔を振り返らず、前へ前へと進め。
人間は死ぬまで夢を持て!その夢が叶わなくてもしょせん夢だから。
悲しい話は夜するな。
つらい話も昼にすればなんてことはない。
久々の本格ブログ更新です。
良い本に出会ったので、覚え書きがてらご紹介したいと思います。
お時間に余裕のあるお客様は、ぜひお付き合いください。
私は天童荒太さんの小説が好きで、読んでいないタイトルが(文庫本で)あれば、迷わず購入するのですが、これは歴代の天童作品の中でも力強く、光に向かって歩き出す主人公達を見送るような、すがすがしい気分で読み終えられる作品でした。これは私の大好きな本リストに入りました。
人は誰しも何かしら傷を抱えて生きています。その傷跡をひっそりと胸の奥に秘めている人、時々傷跡をリアルに感じて苦しむ人、傷つけた相手を憎むことによって傷の痛みを和らげる人、傷つけた相手を許すことによって自分を許す人、傷跡との付き合い方は人それぞれです。どんな方法でも自分で自分の傷跡を認めたとき、本当の意味で傷は癒され始めるのではないでしょうか。
「傷ついた場所に、包帯を巻く」これは包帯クラブの傷跡との付き合い方です。自分の傷着いた場所、友の傷ついた場所、父の傷ついた場所、母の傷ついた場所、彼らは包帯を巻き、写真を撮ります。それはちっぽけなおまじないかもしれない。だけど、包帯を巻くことで、他者の傷を感じ、包帯を巻いてもらうことで、心が軽くなる。町中が包帯に包まれたとき、彼らは自分の道を歩き始めます。世界中に包帯を巻くために。
私が最近いろんな人の言葉に影響を受けて、気がついたことは、「悲しむ」ことの大切さでした。悲しむべき時に悲しまないと、人は感情をコントロールしているようで、実際にはどんどんコントロール不能に陥っているのだと思います。悲しみは内側に蓄積され、やがて様々な出来事をきっかけとして過去の悲しみと今の悲しみを混同して反応するようになり、何が自分を「悲しませているのか」すら分からなくなってしまうのではないでしょうか。そして、自分の悲しみの根源が過去にあると思い至って、純粋に過去を悲しむと、今の悲しみも軽くなることが分かりました。
「悲しかったこと」を認めることは、自分自身に包帯を巻いてあげる行為かもしれません。
包帯クラブは男子二名、女子4名という構成です。それぞれに魅力的なキャラクターで、HPではサイドストーリーによって未来の6人の姿が描かれています。こちらもファンとしてはうれしい配慮?で、なんとも幸せな気持ちになりました。今秋には映画が公開されます。石原さとみさんと柳樂優弥くん。演技派ですよね。かなり期待している次第であります。
→包帯クラブHP入り口はこちら←
良い本に出会ったので、覚え書きがてらご紹介したいと思います。
お時間に余裕のあるお客様は、ぜひお付き合いください。
![]() | 包帯クラブ The Bandage Club 天童 荒太 (2006/02/07) 筑摩書房 この商品の詳細を見る |
私は天童荒太さんの小説が好きで、読んでいないタイトルが(文庫本で)あれば、迷わず購入するのですが、これは歴代の天童作品の中でも力強く、光に向かって歩き出す主人公達を見送るような、すがすがしい気分で読み終えられる作品でした。これは私の大好きな本リストに入りました。
人は誰しも何かしら傷を抱えて生きています。その傷跡をひっそりと胸の奥に秘めている人、時々傷跡をリアルに感じて苦しむ人、傷つけた相手を憎むことによって傷の痛みを和らげる人、傷つけた相手を許すことによって自分を許す人、傷跡との付き合い方は人それぞれです。どんな方法でも自分で自分の傷跡を認めたとき、本当の意味で傷は癒され始めるのではないでしょうか。
「傷ついた場所に、包帯を巻く」これは包帯クラブの傷跡との付き合い方です。自分の傷着いた場所、友の傷ついた場所、父の傷ついた場所、母の傷ついた場所、彼らは包帯を巻き、写真を撮ります。それはちっぽけなおまじないかもしれない。だけど、包帯を巻くことで、他者の傷を感じ、包帯を巻いてもらうことで、心が軽くなる。町中が包帯に包まれたとき、彼らは自分の道を歩き始めます。世界中に包帯を巻くために。
私が最近いろんな人の言葉に影響を受けて、気がついたことは、「悲しむ」ことの大切さでした。悲しむべき時に悲しまないと、人は感情をコントロールしているようで、実際にはどんどんコントロール不能に陥っているのだと思います。悲しみは内側に蓄積され、やがて様々な出来事をきっかけとして過去の悲しみと今の悲しみを混同して反応するようになり、何が自分を「悲しませているのか」すら分からなくなってしまうのではないでしょうか。そして、自分の悲しみの根源が過去にあると思い至って、純粋に過去を悲しむと、今の悲しみも軽くなることが分かりました。
「悲しかったこと」を認めることは、自分自身に包帯を巻いてあげる行為かもしれません。
包帯クラブは男子二名、女子4名という構成です。それぞれに魅力的なキャラクターで、HPではサイドストーリーによって未来の6人の姿が描かれています。こちらもファンとしてはうれしい配慮?で、なんとも幸せな気持ちになりました。今秋には映画が公開されます。石原さとみさんと柳樂優弥くん。演技派ですよね。かなり期待している次第であります。
→包帯クラブHP入り口はこちら←


神戸で餃子を食べました。職場のUさんと。ここは私の餃子ランキングの首位を永年爆走中のお店です。食べごたえのある皮に特製味噌ダレ…w(°0°)w家族にもお土産で二人前。パンツ二本、ベルト一本。ウェッジソールのサンダルを購入。安かった〜!お買い物、楽しかったなぁ(o‘∀‘o)また行きたいな〜!
元気出していきます!元気のない日はカレーです(もはや鉄則)ここ最近、普通アルコールに走る局面で、カレーに走っている気がするのですが、気にしなーい!全く気にしなーい!!
職場のYさん(私の奈良グルメナビゲーター)と仕事をしながら、カレーの話に花が咲き、どちらからともなく誘いあっていました・・・!以心伝心。「今日、帰り行っとく?」
本当はラッキーガーデン(過去ログ参照)に行きたかったのですが、月曜定休なので断念。しかしお腹はすっかりスリランカカレー気分です。インドカレーやスープカレーという妥協を許さず車を走らせ、阪奈道路沿いのハンターナと言うスリランカ料理のお店に来てしまいました。微妙にバイキングです。

野菜・魚・肉のカレーと、サフランライス・ナン・サラダ・食後のチャイ
つってもそんなに食べれません。全体的に濃い目の味付けです。魚のカレーにいたっては、マグロのピリ辛煮って感じで、カレーというより一品料理。チキンカレーはチキンたっぷり(って自分で入れたんだっけ)野菜カレーはカリフラワーとニンジンでした。スリランカカレーの特徴はなんといっても「ナン」だと思います。画像もないのに語ります。インドのナンやチャパティとは違って、スリランカのナンには層があります。デニッシュっぽいと言えばお分かりいただけるでしょうか。あんなにふんわりしてないんですが、見よう見真似で適当につくったパンみたいな味です(どんどん説明が分かりにくくなってるなぁ)何となく癖になる味です。
しかし一番美味しかったのは予想に反してキャベツのサラダです。ドレッシングが非常にさっぱりしていて、キャベツがすすみます。あんまり気になるのでシェフに秘密を聞いたら「オレンジが入ってるんだよ」とのこと。おそらくオレンジとオリーブオイルと酢と塩胡椒だと思います、再現不可。
食後に美味しいチャイ(ミルクティー)をいただきながら、アレコレ話していると「もうそろそろ・・・ムニャムニャ」席を追われてしまいました。
やはり仕事終わりのランチはダラダラできる店に限ります・・・!
職場のYさん(私の奈良グルメナビゲーター)と仕事をしながら、カレーの話に花が咲き、どちらからともなく誘いあっていました・・・!以心伝心。「今日、帰り行っとく?」
本当はラッキーガーデン(過去ログ参照)に行きたかったのですが、月曜定休なので断念。しかしお腹はすっかりスリランカカレー気分です。インドカレーやスープカレーという妥協を許さず車を走らせ、阪奈道路沿いのハンターナと言うスリランカ料理のお店に来てしまいました。微妙にバイキングです。

野菜・魚・肉のカレーと、サフランライス・ナン・サラダ・食後のチャイ
つってもそんなに食べれません。全体的に濃い目の味付けです。魚のカレーにいたっては、マグロのピリ辛煮って感じで、カレーというより一品料理。チキンカレーはチキンたっぷり(って自分で入れたんだっけ)野菜カレーはカリフラワーとニンジンでした。スリランカカレーの特徴はなんといっても「ナン」だと思います。画像もないのに語ります。インドのナンやチャパティとは違って、スリランカのナンには層があります。デニッシュっぽいと言えばお分かりいただけるでしょうか。あんなにふんわりしてないんですが、見よう見真似で適当につくったパンみたいな味です(どんどん説明が分かりにくくなってるなぁ)何となく癖になる味です。
しかし一番美味しかったのは予想に反してキャベツのサラダです。ドレッシングが非常にさっぱりしていて、キャベツがすすみます。あんまり気になるのでシェフに秘密を聞いたら「オレンジが入ってるんだよ」とのこと。おそらくオレンジとオリーブオイルと酢と塩胡椒だと思います、再現不可。
食後に美味しいチャイ(ミルクティー)をいただきながら、アレコレ話していると「もうそろそろ・・・ムニャムニャ」席を追われてしまいました。
やはり仕事終わりのランチはダラダラできる店に限ります・・・!
まずはこれはすだおっさんに見せなければ!!と鼻息荒く撮影した写真。

オーラソーマみたいじゃない????
ごめん、何についての展示か見てないや・・・!ただ、こうして離れた場所で離れた友のことを想うのはとっても楽しいです。
実演コーナーで液化窒素の実験を見ました。真ん中の見覚えのある黄色い少年探偵団をはじめ、子供達はノリノリで先生の問いかけに答えていました。

液化窒素に花を入れて凍らせてパリパリにしたり、軟球を入れてバリンと割ったり。大人も楽しめたのでした。
そして鹿丸は蝶の館へ。黒と白の沖縄の二種類の蝶が飛び交ってました。

ひらひらと舞う姿は鹿丸の心を奪い、鹿丸は止まってくれ!とばかりに腕を差し出していました。完全に無視される、ふがいない少年。
この蝶のさなぎが、なんとびっくり金色なんです。

抜け殻は透明です。不思議ですね。
ガイドのお姉さんが何やらしきりに解説してくれていました。
時々蝶に好かれる人、蝶が寄ってくる人がいるそうです。
その特徴は
・整髪量などに含まれる甘い香りに引き寄せられる。
・赤い色のものに引き寄せられる。
鹿丸氏の夢(蝶々降臨)をかなえるべく、頭を匂ってみたら、かなり・・・。酸っぱい・・・。
で、私がバッグにつけていたバンダナを鹿丸氏の頭に巻いてやりました蝶々、止まってくれるといいね!
蝶々待ちの鹿丸氏。動かないで待つのだ。

しかし待てど暮らせど、鹿丸氏の頭に蝶々が羽を休めることはありませんでした。
またも蝶々に弄ばれる鹿丸氏なのでした。
男はそんな感じがいいよ!

オーラソーマみたいじゃない????
ごめん、何についての展示か見てないや・・・!ただ、こうして離れた場所で離れた友のことを想うのはとっても楽しいです。
実演コーナーで液化窒素の実験を見ました。真ん中の見覚えのある黄色い少年探偵団をはじめ、子供達はノリノリで先生の問いかけに答えていました。

液化窒素に花を入れて凍らせてパリパリにしたり、軟球を入れてバリンと割ったり。大人も楽しめたのでした。
そして鹿丸は蝶の館へ。黒と白の沖縄の二種類の蝶が飛び交ってました。

ひらひらと舞う姿は鹿丸の心を奪い、鹿丸は止まってくれ!とばかりに腕を差し出していました。完全に無視される、ふがいない少年。
この蝶のさなぎが、なんとびっくり金色なんです。

抜け殻は透明です。不思議ですね。
ガイドのお姉さんが何やらしきりに解説してくれていました。
時々蝶に好かれる人、蝶が寄ってくる人がいるそうです。
その特徴は
・整髪量などに含まれる甘い香りに引き寄せられる。
・赤い色のものに引き寄せられる。
鹿丸氏の夢(蝶々降臨)をかなえるべく、頭を匂ってみたら、かなり・・・。酸っぱい・・・。
で、私がバッグにつけていたバンダナを鹿丸氏の頭に巻いてやりました蝶々、止まってくれるといいね!
蝶々待ちの鹿丸氏。動かないで待つのだ。

しかし待てど暮らせど、鹿丸氏の頭に蝶々が羽を休めることはありませんでした。
またも蝶々に弄ばれる鹿丸氏なのでした。
男はそんな感じがいいよ!
今日は本来、ママ友達と梅小路公園で集う予定だったのですが、あいにくの雨で行き先変更となりました。
〜ここで猫氏の企画力の素晴らしさに敬意を表します。〜
とりあえず腹ごしらえ。猫氏が予約を入れておいてくれた「柿安 三尺三寸箸」へ。和惣菜のバイキングです。

沖縄フェア〜だったのですが、ゴーヤ率低い・・・!
主食からデザートまで充実の品揃えで、お味のほうもまんべんなく美味しい。そりゃぁ行列だわ・・・!
梅小路代替案として京都市青少年科学センターに連れてってもらいました。そしてここはすんばらしい場所でした。鹿丸どん、元来「電車大好きっ子」ではないのでこちらのセンターのほうがかえってうれしかったのではないでしょうか。とにかく大好きな恐竜がいると聞いて、ウキウキの鹿丸どん。

このロボット恐竜にハートを鷲づかみにされ、しばらくかじりついて見ていました。恐竜の歴史など説明してくれる、わりと気さくなロボットでした。
体験コーナーが多いのも、このセンターの魅力ではないかと思うのですが(つーか体験モノしかない・・・。)顕微鏡、久しぶりで私のほうが夢中になって見てしまいました!

蝶の燐粉の様子や、セミの羽など、色んな部位を顕微鏡で見ると、何だか不思議な感じです。横には巨大テレビ顕微鏡があって、Tシャツの繊維や肌のキメなど写してみんなで楽しみました。
ひよこの孵化の様子も観察できます。

ひよこ小屋には何羽ものひよこがいるのですが、名乗り出るとひよこを連れ帰ることができるそうです。それにしても、赤ちゃんは可愛いです。ふわふわの羽にうっとり見入ってしまいました。
眠い・・・後編に続く・・・
〜ここで猫氏の企画力の素晴らしさに敬意を表します。〜
とりあえず腹ごしらえ。猫氏が予約を入れておいてくれた「柿安 三尺三寸箸」へ。和惣菜のバイキングです。

沖縄フェア〜だったのですが、ゴーヤ率低い・・・!
主食からデザートまで充実の品揃えで、お味のほうもまんべんなく美味しい。そりゃぁ行列だわ・・・!
梅小路代替案として京都市青少年科学センターに連れてってもらいました。そしてここはすんばらしい場所でした。鹿丸どん、元来「電車大好きっ子」ではないのでこちらのセンターのほうがかえってうれしかったのではないでしょうか。とにかく大好きな恐竜がいると聞いて、ウキウキの鹿丸どん。

このロボット恐竜にハートを鷲づかみにされ、しばらくかじりついて見ていました。恐竜の歴史など説明してくれる、わりと気さくなロボットでした。
体験コーナーが多いのも、このセンターの魅力ではないかと思うのですが(つーか体験モノしかない・・・。)顕微鏡、久しぶりで私のほうが夢中になって見てしまいました!

蝶の燐粉の様子や、セミの羽など、色んな部位を顕微鏡で見ると、何だか不思議な感じです。横には巨大テレビ顕微鏡があって、Tシャツの繊維や肌のキメなど写してみんなで楽しみました。
ひよこの孵化の様子も観察できます。

ひよこ小屋には何羽ものひよこがいるのですが、名乗り出るとひよこを連れ帰ることができるそうです。それにしても、赤ちゃんは可愛いです。ふわふわの羽にうっとり見入ってしまいました。
眠い・・・後編に続く・・・
日曜の昼に投稿した記事が、なぜか今朝更新されていました。パスタは昨日の昼ご飯です!やんなっちゃうわ!携帯っ!
なんとな〜く元気の出ない、停滞ムードのひどい時は、大好きな伊勢神宮で思いっきり深呼吸するのが私のスペシャルリフレッシュ法なのですが、そう簡単に「お伊勢さん参り」には出かけられません。そんなこと頻繁にやってたら、それこそ道楽が過ぎるってもんです。とっくに道楽道には足を踏み入れていますが・・・!お伊勢さん、素敵なんですが遠いのが難点です。あの大きな木の間を歩いていると、自分のちっぽけさが心地よく、とってもすがすがしい気分になれるのになぁ・・・!残念。
そんなわけで(どんなわけで?)、久しぶりに奈良方面へと車を走らせました。向かった先はカレーのお店「楽」です。お一人様でも入りやすい雰囲気です。でも、たぶん、入りにくいし、居づらい雰囲気です。慣れてしまいました。

とりあえず、元気のない日はカレーでしょう。

今日のランチセットはベジタブル&手羽先カレーでした。

このベジタブルカレーの、香りの鮮やかさときたら・・・今日はどこの国に旅行に来たんだっけ?というくらい異国情緒あふれるお味で、かなり絶品でした!気になってしょうがないので、じゃっかん話しかけづらい感じの、独特の空気を醸し出す女性店主さんに勇気を出して「香りの秘密」を尋ねてみました。記者魂です。すると「カレー粉ではなくて生のスパイス使ってます」とのお答え!う〜ん、うまいはずだ!!!野菜カレーなのに、カレー粉のカレーよりも味が濃い感じがします。それでいてシンプルな味なんですよねぇ。スパイスや、奥深し。スパイスを使いこなす店主さんに尊敬の念を送っておきました。ビビビビーッ!
窓辺のテーブル席を陣取ってカレーを食べながら道行く人を眺めていると、「チーム団塊!」みたいな、60代くらいの男性が20人くらいぞろぞろ歩いていく光景に目を奪われました。オヤジも大勢集まると圧巻です。どういう集まりなのか・・・と考えているうちにカレーを食べ終わってしまいました・・・!
食後にチャイ(ミルク紅茶)をいただき、お腹も満たされて、てくてくとお散歩。

奈良町・元興寺町を歩いていると、懐かしいようなそれでいてキリリと身の引き締まるような不思議な感覚があります。

庚申さんです。無病息災の願いを込めて、軒先に吊るすようです。ほとんどの家の軒先に、この庚申さんがぶら下がっています。カラフルな庚申さんのかかっているお家もちらほら。丸みのあるフォルムがユニークです。
そして元興寺極楽堂にたどりつきました。

なにやら奥のほうから、がやがやと声がします。イメージ的にはわたくし、女一人旅ですので、あくまでもしっとりと拝観したいのですが。声のするほうへ足を進めると・・・、なななんと、さっきの「団塊ズ」がいます。ご縁があったようです。「ここからは自由行動〜!現地解散〜!」などと叫んでいる団塊リーダー。よそ見して修学旅行生とおしゃべりを楽しむ、団塊メン。しばしその人間模様に見入ってしまいました。

わたくし、仏教に明るくありませんし、恥ずかしながら歴史のほうもいまひとつパッとしませんので、ただただ眺めるのみでした。だけど、なにか感じるものがありました。お力いただけたみたいです!
境内のお花にも、慰めていただいて。

色づきはじめたアジサイは小ぶりで可憐。

名前を知らない花ですが、房で咲くようです。ほんのりピンクが可愛いなぁ。

もみじも元気です。赤く色づく頃に来たいなぁ。
ちょっと心がざわついた時に、どこか落ち着ける場所を持ちたい、
そんな今日この頃なのでした。
ま、たいていは美味しいもの食べて、おしゃべりして、吹き飛ばしているんですけどね〜!
なんとな〜く元気の出ない、停滞ムードのひどい時は、大好きな伊勢神宮で思いっきり深呼吸するのが私のスペシャルリフレッシュ法なのですが、そう簡単に「お伊勢さん参り」には出かけられません。そんなこと頻繁にやってたら、それこそ道楽が過ぎるってもんです。とっくに道楽道には足を踏み入れていますが・・・!お伊勢さん、素敵なんですが遠いのが難点です。あの大きな木の間を歩いていると、自分のちっぽけさが心地よく、とってもすがすがしい気分になれるのになぁ・・・!残念。
そんなわけで(どんなわけで?)、久しぶりに奈良方面へと車を走らせました。向かった先はカレーのお店「楽」です。お一人様でも入りやすい雰囲気です。でも、たぶん、入りにくいし、居づらい雰囲気です。慣れてしまいました。

とりあえず、元気のない日はカレーでしょう。

今日のランチセットはベジタブル&手羽先カレーでした。

このベジタブルカレーの、香りの鮮やかさときたら・・・今日はどこの国に旅行に来たんだっけ?というくらい異国情緒あふれるお味で、かなり絶品でした!気になってしょうがないので、じゃっかん話しかけづらい感じの、独特の空気を醸し出す女性店主さんに勇気を出して「香りの秘密」を尋ねてみました。記者魂です。すると「カレー粉ではなくて生のスパイス使ってます」とのお答え!う〜ん、うまいはずだ!!!野菜カレーなのに、カレー粉のカレーよりも味が濃い感じがします。それでいてシンプルな味なんですよねぇ。スパイスや、奥深し。スパイスを使いこなす店主さんに尊敬の念を送っておきました。ビビビビーッ!
窓辺のテーブル席を陣取ってカレーを食べながら道行く人を眺めていると、「チーム団塊!」みたいな、60代くらいの男性が20人くらいぞろぞろ歩いていく光景に目を奪われました。オヤジも大勢集まると圧巻です。どういう集まりなのか・・・と考えているうちにカレーを食べ終わってしまいました・・・!
食後にチャイ(ミルク紅茶)をいただき、お腹も満たされて、てくてくとお散歩。

奈良町・元興寺町を歩いていると、懐かしいようなそれでいてキリリと身の引き締まるような不思議な感覚があります。

庚申さんです。無病息災の願いを込めて、軒先に吊るすようです。ほとんどの家の軒先に、この庚申さんがぶら下がっています。カラフルな庚申さんのかかっているお家もちらほら。丸みのあるフォルムがユニークです。
そして元興寺極楽堂にたどりつきました。

なにやら奥のほうから、がやがやと声がします。イメージ的にはわたくし、女一人旅ですので、あくまでもしっとりと拝観したいのですが。声のするほうへ足を進めると・・・、なななんと、さっきの「団塊ズ」がいます。ご縁があったようです。「ここからは自由行動〜!現地解散〜!」などと叫んでいる団塊リーダー。よそ見して修学旅行生とおしゃべりを楽しむ、団塊メン。しばしその人間模様に見入ってしまいました。

わたくし、仏教に明るくありませんし、恥ずかしながら歴史のほうもいまひとつパッとしませんので、ただただ眺めるのみでした。だけど、なにか感じるものがありました。お力いただけたみたいです!
境内のお花にも、慰めていただいて。

色づきはじめたアジサイは小ぶりで可憐。

名前を知らない花ですが、房で咲くようです。ほんのりピンクが可愛いなぁ。

もみじも元気です。赤く色づく頃に来たいなぁ。
ちょっと心がざわついた時に、どこか落ち着ける場所を持ちたい、
そんな今日この頃なのでした。
ま、たいていは美味しいもの食べて、おしゃべりして、吹き飛ばしているんですけどね〜!

塩鮭と新玉ねぎのフェットチーネ(オーマイ金のパスタはけっこう美味しい(o‘∀‘o))クリームソース仕立て。トマト。夫のいない日曜日はお手軽メニューだ。昨日の残り物の鮭の有効活用できて嬉しいΨ(`∀´#)食べ終わったら昼寝だ〜!!!
| Home |





