バンビ☆ツアーズ

ごめんなさいましな・・。

コメントの返事、ほっちっちでごめんなさい!

何があったわけではないのですが、
毎日をこなすようにすごしているうちに、
心をどっかに置いてきてしまったかのようです。

だから笑ったり、怒ったり、食べたり、飲んだり、
たいがいの時間を普通に暮らしています。
職場では冗談を言うし、ママ友を自分から誘って忘年会はするし、
毎日はなんてことなく過ぎていくんだけど、
そうこうしているうちに、父をわたしの日常からどんどん切り離し続けている気がして、
わたしの強さに、わたしが恐れをなしているというか、・・・
よく分かんないのですが、こういうことを考えてること自体よくない気がするなぁ。

そんな風で、思考がまとまらず、キーボードを叩く手も、たびたび躓いて、空中遊泳してしまいます。

心、取りに行かなくてはね。


ここ数日父は、性格が悪くなってきました。
イライライライラして、すごく神経質です。
同じ部屋の人たちが意気投合して大声でしゃべっているのに我慢がならなかったらしく、
ついに苦情を言ったそうだ・・・。
父の今いる部屋は、比較的軽い症状の患者さんばかりなので、
父とみなさんのテンションにはかなりギャップがあります。
かといってガン患者ルームには戻りたくない父。
イライラと指を踊らせ、看護婦さんにもあたっています。
いろんなものへの執着が出てきたようです。
不安がそうさせるのだと思います。

父はこの半年の間に、わたしの知らない父の顔をたくさん見せてくれました。
わたしは父をとおして、『人間』を勉強させてもらっているのだと思います。
決して素敵ではない父の姿、悲しくはありますが全部ひっくるめてやはり父なのです。

見舞いに行って一時間くらいすると、父の顔が少し穏やかになります。
そうなるとたくさんお話ができます。
話せば笑顔も見えます。笑顔を見られれば、わたしも安心できます。
でも最初の一時間は、ほとんど無言です。

正直に言うと、すこし、病院に行くのが、苦しい時もあります。



やっぱりうまく書けませんなぁ。とほほ〜。
眠たいからだと思います。またあらためて。

決してネガティブではないので、ご心配なくね♪
いつもつたない文章を読んでくれて、ありがとうです。
お返事かならず書くから、待っててくださいね。
待っててくださいね〜!(懇願)







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ときどきオカン

そういえばうちの母の話。

母は当初、父のガンはわたしの厄年のせいだとか、変なことばかり言って、わたしを辟易させた。母と話すとかなり消耗するので、一時は絶交したほどだ。(わたしも精神不安定)

しかしながら、母なりにわたしを気づかっていることに、わたしも薄々感づいてはいるので、最近の関係は良好である。

ある日、わたしの最近のお気に入りのパン屋のお気に入りのベーグルをわんさか持ってきてくれた。
あれこれ持ってきてくれるものの中には、かならずわたしの好物が一つ二つ入っていて、それはたいていわたしが子供の頃に大好きだったものだったりする。
母の不器用で直球な優しさに少し笑ってしまう。
母が店先で、私のことを思い出し、買ってくれるそのお菓子。

口から出る言葉はいつも二人の間をややこしいものにするが、
お母さんはお母さんなんだと思う。

仕事から帰って、ベーグルを食べて、病院に通う毎日です。
ありがとう、おかあさん。


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笑顔

食べることが大好きな父が、食べ物を口にすることが難しくなってしまった。
ガンから出る悪液質というものか、胃切除症候群か、原因は不明だが、まともに食べていない日が続いている。
薬を飲み込むのも辛いと言い、30分近くかけて三種類の薬を飲んでいる。
明日から抗がん剤治療が始まるのに、大丈夫だろうか。

父は食事のことを「日に三度も罰が下されるみたいや。」と言う。
わたしが「何の罰を受けるのよ。罰なんかないよ。」と言うと、
「お天道様はちゃんと見てるんやで。」と言うが、そんな心境になるほど、飲み込むことが辛い様子。

一緒に行こうといっていた寄席の約束も果たせていないことを思い出して、
父が「結局行かれへんかったなぁ」と言う。
「せやなぁ。」と言いながらわたしはこの場に見合った言葉を探す。
「また行こうよ。」陳腐な慰めだと思う。父はそれも分かっているのか
「そやな。」と答えた。

昼食のトレーを前に、話すこともなくなってしまい、二人で窓の外を眺める。
上空に何度も何度も飛行機が行く。
父が「また来た!」とうれしそうに声を上げる。
大きなジェット機はどこからどこへ行くのだろう。
父はどこへ行くのだろう。
ふたりぼんやりと飛行機を眺める。

「じゃぁ、そろそろ帰るわ。」と言うと、
父は「気をつけてな、ありがとう」といつものように何度もお礼の言葉を口にした。
振り返ると、とても優しい顔で笑っていた。
うれしそうに、にこやかに。

わたしのお父さん。

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スイートポテト

昨日は息子氏の保育参観でしたが、風邪引いてコンコン言ってたので、休んでみました。息子氏はテレビに夢中で「休むの?行くの?」の問いかけにも、まるで新聞読んでるおっさんのような受け答え・・。無理して行くこともないやね、とお休み連絡しました。したらその電話を聞きつけて「行く〜!!いぐ〜!!」と腕にぶら下がって騒ぎ出しましたが、引っぺがして却下してやりました。

つーか、イベント保育園帰りは友達と公園でみっちり5時間コースなので、それが風邪っぴきにはこたえそうなのです…ブルブル。しかもそこであきらめさせるほうが、何倍もの労力・・・!

ドラえもんのDVDであえなく買収された息子氏と、家でぬくぬくだらだらしていました。(風邪っぴきは父のお見舞いもお断りなのです。)

ふと、大量のさつまいもの存在を思い出し、冷蔵庫に生クリームがあるのも思い出し、スイートポテトを作りました。芋一キロくらい作りました。当然のことながら、途中で悔やみました。

蒸かした芋をひたすら裏ごししていると、三輪車に乗った息子氏がとなりでなにやら意気込んだ発言・・・!

ぜったい、たってのれるようになるからナ!!

明らかに無理でしょう。三輪車ですもん。


はてさて出来上がった一口スイートポテトを我が我がと口に入れご満悦の息子氏。

そんな一日でした。

今日も息子氏はコンコン言いながら、三輪車のオリジナルな乗り方を研究中です。

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息子の励まし

息子どんが最近、わたしにこんな歌を歌ってくれます。
(息子替え歌の箇所あるかもしれません)

たとえばキミが傷ついて
くじけそうになったときは
かならずボクがそばにいて
支えてあげるよ その肩を

世界中の希望のせて
この地球を包みたい

今 素直な 気持ちに なれるだろう

アイ ビリーブ フューチャー 信じてる

もしもだれかがキミのそばで
泣き出しそうになったときは
かならずボクがそばにいて
支えてあげるよ その肩を

世界中の希望のせて
この地球を包みたい

今 素直な 気持ちに なれるだろう

アイ ビリーブ フューチャー 信じてる


たどたどしい歌声にとても勇気付けらています。
母ちゃん、泣いちゃうぜ!

今日はひざの上で歌いながら、オナラのおまけがつきました。
ありがたさ、半減です(; ̄ー ̄A

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ゆる〜い、決断。

究極の二者択一を迫られて、むしろそのことについてあまり考えなかったわたしです。

「独りで決めなくては!」と思いつめたのも半日くらいで、
ここでみんなのお話聞いたり、職場でお話したりしているうちに、

「わたしはひとりじゃないよなー。人から知恵を借りて、協力してもらって決められるんやもん。
ありがたいことやなー。」

とひしひしと感じました。恥ずかしいくらいに謙虚な気持ちです感謝です。

考えないといっても、こうして話をする機会があって、おのずと考えはまとまってくるものです。

基本的に、やはりその人の問題はその人が中心になって答えを導くべきだとわたしは考えます。
周りの人は、そのお手伝いをしたり、見守ったりしながら、
苦しい(だけではないと思いますが)葛藤の旅から帰ってきたときに、
「お帰りなさい。よく頑張られましたね。」と迎えることが唯一できることなのではないかと思っています。

しかし、父の命に期限があるのならば、父が葛藤の旅をする時間があるのか、
また、葛藤の旅から帰ってこられる時間はあるのか、やはり不安でした。
葛藤の旅の半ばで命を落とすのは、あまりにも残念な気がするからです。
身体のみならず、心まで苦しみを背負って、逝かせたくないという、
わたしの身勝手な気持ちなのですが。

それに加えて、父には「(病気について)知りたい」という気持ちが感じられないことです。
それは「知りたくない」と言っているようなものです。
わたしは父が「知りたい」というのを待ちたいと思いました。

そこで(告知と抗がん剤治療を薦める)先生には、

「父はうすうすは感じているかもしれません、
しかし知りたくはないだろうと思います。
父には知らせないで、先だって行っていた抗がん剤治療を『再開』という形で話して下さいませんか。」

とお願いしました。

先生は

「今までの抗がん剤だけでは、無理なのです。お話した上で治療するのが良いと思います。お父様は末期ガンです、しかし治癒の見込みのない患者さんに、僕は抗がん剤は薦めません。しかし抗がん剤をしても、半年後、一年後には問題は確実に起こります。何ヶ月かの寿命を伸ばすか、何もしなければ年内。。。」

なんだろう、冷静に聞いていたわりにはうろ覚えだ!

なんせ、とにかく「再発」を匂わせずに「抗がん剤」は無理!って感じだったので、
もしかしたら再発の可能性があるから抗がん剤治療を始めましょう」という結論に落ち着きました。
あくまでももしかしたら、可能性で留めておいてほしいのです。
今は使われなくなった「ファジー」という言葉がぴったりです。

本人が希望を持てるような、そうじゃないと思えばそうじゃないと思えるような、灰色〜な感じで告知してあげてほしいと思います。

説明を受けた後は父の気持ちを汲んで、思いたいように思わせてあげたいと思います。

ここ数日、チューブを出しているお腹から、腹水も一緒にもれてきて大変です。
「腹水」といわれなくても分かってしまうあたり、
わたしの胃ガン知識も的を得ているようです。(サイト・ブログ、読みまくり)

わたしは「死」というものは、大きな波が命をかっさらっていくようなものなのかと思っていました。
勢いの中で気がつけば終わっているのかと。

でも現実は、時にはゆったりと流れ、時には荒々しく全てを飲み込み、
そしてまた穏やかな表情を見せる川の流れのようなものなのだと思いました。

父が大海原に漕ぎ出すその日まで、わたしは見届けたいと思います。
幸い、お目々パッチリなのでよく見えます。

そして、わたしが父に、したいこと・できることは、
「父を笑わせること」くらいかなーと思う今日この頃です。
根っからのお笑い体質の自分・・・。

毎日、面白い話を持って、病院に通っています!





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就学前検診

昨日「孤独」をひしひしと感じていたわたしですが、孤独ではないこと知りました。

みんなありがとうだに。






さて、今日は就学前検診に行ってきました。
学校と言えばわが子は特別支援を受けることになっています。

先日教育委員会を交えての相談会みたいのがあったのですが、
あまりにも緊張していたのと、小学校就学が不安だったので、

涙ぐんでしまいまして・・・

なんだか大切なことを言い忘れて帰ってきてしまったような気持ちで
過ごしていたわけです。

相談会が終わってから考え続けた
「学校に望むこと」はただ一つです。



『ていねいな教育』


息子どんのために必要な支援や配慮はきっと、たくさんあると思います。

でもその支援や配慮って、本来どの子にももたらされて当然の「愛」みたいなもんだと思うのです。

分かりやすく説明することや、子供が取り組みやすい環境を整えることは、
絶対、どのお子さんにとってもプラスになることです。
わが息子だけに、特別な支援を受けさせるよりも、個々に配慮を受けられる環境があれば、どの子供もおのずと伸びていくんではないでしょうか。


先生が息子だけを特別扱いすれば、生徒もまた息子を特別扱いすると思います。
距離感ができることは言うまでもないと思うのです。

だけど個々に応じた、丁寧な働きかけをすることで、生徒自身も互いを知り、認め合い、
尊重できるようになるのではないでしょうか。
先生が生徒と真摯に向き合ってくれていれば、
息子だけに配慮が必要である理由を説明するよりも、
どの生徒も充実した気持ちで学校生活を送れるのではないかなぁ?なんて思うのです。


そしてそのような環境があれば、息子は十分に、確実に成長してくれると思います。
何よりも、相手を尊重する心を身につけてくれると思うのです。

なんて言うか、もちろんその中でも息子は手のかかる存在になるのかもしれません。
先生の手を、たくさんたくさん借りることになると思います。

だけども、下地としての「教育観」みたいのが、こういう風であってほしいなぁと思うわけです。
配慮を受けることが特別でない雰囲気。

理想論だと思うけれど、今度先生に話してみたいです(小心者だからムツカシイ)
まとめてみたかったのですが、まとまらない文章で・・!

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命の期限

とうとう・・・


再発です。胃癌では多い例だそうですが、腹膜播種転移です。

分かりやすくいうと、お腹の中全体にガンの種がまかれた状態で、
今、どんどん育ってきているようです。

先週の水曜日に退院した父と、栄養指導を受けに病院に行ったのが月曜日。一週間、比較的元気に過ごしていた父です。

今日は定期健診でした。仕事を終えて、父に電話をすると、

「肝臓の調子が悪いらしく、検査をすることになった。検査の結果次第で入院するらしい」

入院セットを持って病院に着くと、朝は気がつかなかったのですが、黄疸が出ています。白目が黄色い…。「胆汁(消化液の一種)が出ていない(胆汁が出る)胆管の一部が消えています。排出されない胆汁が血液に乗って出ているのが黄疸です。」と医師から説明を受けました。とにかく胆汁を排泄するため、チューブを入れる施術を急遽することになりました。入院決定です。その後先生のお話によると腹膜播種の一つが肝臓にできていて、それが胆管を飲み込んでしまったようです。そして腹水がたまってきている、再発は間違いないということでした。「年内」という言葉も。そしてもう家に帰ることはできないかもしれません。父と住むために用意したこの家の、父の部屋に父がすごした時間はあまりにも少なく、父の痕跡をほとんど残さないこの家が、寂しくもあります。


そして、わたしはまたひとつ、重大な決定権握ってしまいました。

まず再発を父に知らせるか、隠しておくか。

次に抗がん剤治療でガンと闘うか、天寿を全うするか。


ただ「生きればいい」のではないので悩んでしまいます。

父が今、受け止めるには、その事実は重過ぎるのではないだろうか・・・とか、これ以上苦しい思いをして、その先に何を望むのだろう・・とか、知らないままのほうがいいんだろうか、とか、自分だったら、知らないまま、いろんなことをやり残したまま、逝くのは嫌だな・・とか、父がガンと闘うモチベーションってなんだろう・・・とか、ありとあらゆる想いが渦を巻いてわたしの頭の中をかけめぐりますが、何よりも「わたしがひとりで決めなければならない」ことは、わたしが潜在的に持っている「孤独感」を引き立たせてしまいます。

この先、わたしは自分の選択に決して納得できないと思います。
あの時はあれがベストだったんだ・・・と思うことは時折あるかもしれません。
だけど「あれでよかったんだろうか・・・」という想いを抱えていくのだと思います。


自問自答しながら、出す答えには正解も不正解もないのです。
ただ、選んだ答えの先にある現実を、受け止めるのです。




再発って、早すぎるやん・・・

とにかく今は嘆きます。

そして、答えを模索します。






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なんでかー?

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昼食時、息子がわたしの靴下をはいて喜んでいました。
昼寝から起きてもまだ、はいています。
おネェMAN的な足元で男の子らしくドラゴンボールを鑑賞中です。
その靴下ではカメハメ波は出せまいよ…!と思う母なのでした。

もしかして、どんだ系〜?

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今日は町のフェスティバル♪

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息子どんのダンスと歌を鑑賞しに公民館までお出かけ♪父もいっしょに行きました☆運動会は体調が悪くて観られなかったから、息子どんの晴れ姿、観てもらえてよかったー(*´∀`*)
あいかわらずやる気なさそげでしたが、がんばったね〜、息子!

画像は体験コーナーで制作したこけし(?)ニョッキ(NHKで放送していたクレイアニメ)みたいな仕上がりになりました。言い出しっぺの息子はんはお友達と走り回っておりますヽ(´▽`)/やれやれ…(笑)

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